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2010-01-26

病む体に病まない心

これまで、心と体は共通している。というようなことを書いてきましたが、体がどうもこうも弱ってしまった時、急に調子が悪くなってしまった時というのは、誰しも平穏ではいられないものです。昨日まで元気だった心が、一気に弱気になったりします。
また、病名を宣告されて、急に症状が重く感じてしまうのも、不安にかられることも、人間誰しもあると思います。
そんなときこそ、心と体とを、切り離して考えることが、大事だと思います。

体が病んで、心まで病んでしまえば、身も心もどん底に落ちて行ってしまいます。
体が病んでも、心は元気。心は明るく生きていくことは不可能ではないと思います。
体の不調に、心が、必要以上に影響を受けてしまわないように、病んだ時には、心と体を別々に考えることをお勧めします。

「痛い」「苦しい」時に、感覚と感情を切り離すことは、大変だと思います。
それでも、「この痛みは、体が感じている痛み」「この苦しさは、心ではなく、体が感じているものだ」と認識するのです。
体は、自分の所有物という感覚ではなく、(自分の)体という乗り物を借りていると、私は思っています。乗り手の自分が操作を間違ったり、乱暴に扱うと、体は、不調を訴えます。命絶えるまで、世話になる体です。最近は、ときどき止まって体の声を聴いてみるようにしています。「疲れていないか?」「無理していないか?」「自分を大切に扱っているか?」
おそらく、若い時には体が元気なのでなんとかなるものですが、折り返し地点を迎える時期からは、体は衰えていくものの、世間では「働き盛り」です。この時期に、「いやいや、まだまだ!」「おちおち立ち止まってなんかいられない!」なんて無理を続けて、体を酷使ししていると、過労死、脳梗塞、動脈硬化…など要注意だと思います。

いったい、人は何に向かって生きているのか?
何を目指して、生きているのか?

1つは、「死」であることは、間違いありません。
確実に迎える「死」に向かって、生きています。
「あ~よかったな」「あ~いい人生だったな」と思うには、どんな状態でその時を迎えようと、「心」が平穏であれば、幸せだと思います。
病んでいようと、少々思い残すことがあったとしても………???

病んでしまい、心まで病むのは、「自分」が、「がっかり」という感情を選択したした結果です。
回復に向かい、病に打ち勝つぞ!という意欲を選択することもできます。それがために、より深い人生を送ることも出来ると思います。
思い残すこと…とは、自分が、「思い」を設定し、それに満たないと嘆く感情を選択したのです。
満たしたか、満たしていないか、満足か不足は、自分が設定しているんですね。

生きていると、良いことや幸せなことばかりではありません。
健康でいても、恵まれていても、「不足」だと考えてしまうことがあります。
そんな時は、誰かと比べてしまっていたり、高い理想を掲げていたりしませんか?
高い理想を持つことは、素晴らしいことだと思います。しかし、それと、それに満たない自分を比較してしまうことが、不幸せの始まりなんだと思います。

大事なのは、そこに向かうまでの過程であり、そこに向かうまでの経験そのものだと思います。
結果、達成できれば、なお素晴らしいですね。
どんな状況であっても、心が右往左往せず、「どう生きるか」が、人生の最大の目的なんじゃないかな~と思います。

そういう私は、右往左往する「心」と、毎日格闘していますが(^^;)















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プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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