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2009-11-03

探しているもの

「何しに来たっけ?」
台所に、「何か」を取りに行った」んだけど、何を取りに来たのか忘れてしまったな~。
元の場所に逆戻りしたけど思い出せない。
やれやれ、再び行動をもどすと、「あっ!」そうだ!醤油を取りに行ったんだっけ!!
たまにあるんですよね~(^^;)

前に、知り合いのおばちゃんが失敗談を話してくれたのですが、朝起きた時に、いつも2階から洗濯するものを片手に抱えて、1階に降り、そのまま洗濯機に洗濯物をドバッと放り込んで、お手洗いに行って用をたす。これが習慣だったそうです。
家の構造は、右にお手洗い。左に洗濯機置き場があるそうなんですが、当時のお手洗いは「ぼっとん便所」と呼ばれる汲み取り式のお手洗いで、便器には木のふたをしていたそうです。
ある朝、いつものように、洗濯物を片手に抱えて、洗濯機に入れるつもりが、先にお手洗いに行ってしまって、「あっ!」と思った時には、すでに遅し…木のふたを開けて、洗濯物をぼっとんと投げ込んでしまったそうです。その後の始末は、聞いていられない大変さでした(+O+)

この手の失敗は、寝ぼけていたのでしょうけど、たいていは無意識状態のときに、起こしちゃうんですよね~
「カギどこやったっけ?」
「携帯電話、置いてきたかな~」
なんてことも、おっちょこちょいの私には、しばしばあります…

無意識に行動すると、探していたはずのものが、意識しないと「思い出せない」。考えないと「思い出せない」ことになってしまうんですね~

でも、人っていつも何かを探しているような気がします。
それは、生まれたときから、常に。いつも。

「おぎゃ~!!」と生まれた瞬間のことは、私は記憶がないんで覚えていませんが、赤ちゃんは、何かを掴もうとしているのか、探そうとしているかのように手足を動かし、指を握るような動きをしています。
泣く目的は、「お腹がすいているのか」「甘えているのか」「お尻が気持ち悪いか」「どこかが痛いか…これらの欲求を満たしてくれる人を、探しているように思います。いや~人という観点より、もっと広い意味で、「愛」かな~なんて…(^-^)

お腹の中では、母親のぬくもりを感じ、守られて過ごしますが、ひとたびこの世に誕生した暁には、急に1人になるんですから、不安なんじゃないかな~怖いんじゃないかな~と思います。
呼吸方法も、急に変えなければいけないし、栄養の摂取方法も、急に変わりますしね~。密着していた体の回りの液体も、生まれた瞬間から気体に変化するわけですから、パニック!ですよね~
今、逆のことをするよ! と言われても、無理(*O*)!!って感じです。
それでも、生物はみんなこの過程を過ごして生きているんですね。

夏に鳴く蝉は、土の中で大半を過ごし、余生を陸上で、羽根まで生えた状態に変身して過ごします。土の中での姿とは大違い。生活も大逆転!
「あ~土の中は、良かったな~。冬は暖かく夏は涼しいし、わざわざ飛ばなくてもいいし、人間に捕まることもなかったのにな~」なんて事は、多分思っていないと思いますけど…

人間の赤ちゃんだって、「肺呼吸は、面倒くさいな~ お腹の中だったら、食べるも出すも自由だったのに~」なんて思っている赤ちゃんは居ないと思うんですけどね~

病院での通常出産では、産まれてすぐに、あれこれ必要な検査を受け、健康状態をはかり、赤ちゃんルームで寝かされます。
産院に行くと、数人の生まれたての赤ちゃんがスヤスヤ眠っていますね~「かわいいな~~」 「ぐっすり眠っているな~目を開けてくれないかな~」。でも寝ないとやってられないのかも!!

赤ちゃんにとって出産は、多くのストレスを生むきっかけになったりするそうです。
母体から出たあと、赤ちゃんは急に途切れてしまった母親との絆を探すそうです。でもたいていは、しばらくお母さんと離れてしまいます。
出産時の痛みや、ショックも、赤ちゃんにとってはトラウマとなって残ることもあるそうです。
バーストラウマと言うそうです。

日本では、このあたりの情報について、少々遅れているように思います。産まれたばかりの赤ちゃんには思考や記憶がないと考えられているからでしょう。でも、最近では、出産時におけるトラウマが、成長において様々な影響を与えるといった研究も進んできているそうです。
これから出産を迎える方の産院選びにおいては、「出産時における赤ちゃんへの影響」のことも配慮してくれるということもポイントに入れるのもアリかな~と思います。

さて、赤ちゃんのころから探しているその「探しているもの」ですが、目の前の「ミルク」であったり、「おもちゃ」であったり… 
たとえば「おもちゃ」に手をのばしたとします。その時、まわりの大人が「ダメ!!」と叫んだとします。
赤ちゃんは、「自分が情熱に手を伸ばすと、さえぎられる」と、ときに、認識します。
度重なりこのようなことが起こると、神経回路は、完全にこのパターンを認識します。
このように認識してしまった赤ちゃんは、物事に情熱を持つことを好まなくなるそうです。自分が情熱を持っても意味がない。と認識してしまうからです。
「こんなのやっても意味がない」、自分は「無気力だ」。なんて思うことが多い人は、もしかして、古い昔の記憶の影響が残っているのかもしれませんね。また親は、ただ、「ダメ!!」と言うだけでなく、「ダメ」の理由をきちんと伝えてあげるといいかもしれませんね。

またまた話が飛んじゃいますが、以前確か8月のブログで紹介した「死にたい~」のおじさんですが、以前は、口を開くと「死にたい」「死にたい」と言っておられました。気功をお受けいただいてから、しばらくしてからは、「生きたい」「生きたい」と言われるようになりました。ひとまず良かったな~って思ったんですが、「生きる」ことを考え始めると、今度は「淋しくて淋しくて仕方がない」という悩みが出てきた。「どうかこの淋しい思いを消せないか」と、おっしゃいました。

表面に出ている言葉では、「死にたい」→「生きたい」→「淋しくくて仕方ない」と変化していて、一見真逆の「想い」の変化のように思いますが、深い深い心の奥底で「探しているもの」は、どの言葉も同じじゃないかな~って思います。

生まれる前のことは覚えていませんが、この世に生を受けてから、老いに向かい、死を迎えるまで。健康な時も、病める時も、嬉しい時も、悲しい時も… みんな「これ」を探しているんじゃないかな~って思います。
時に、「母のぬくもり」であったり、「おもちゃ」であったり、「お金」であったり、「家族」であったり、「若さ」であったり、「友達」であったり…求めるものの姿や形は、人によっても時期によってもそれぞれ異なりますが、やっぱり本当は「これ」? 「愛」?
なんだか照れくさくって、「えぇ~~?」って感じですが、この「愛」自体も、人によって定義はそれぞれですからね~ 言葉というものは、便利ですが、「嘘」になってしまうこともあります。難しいところもありますが、ニュアンスでご勘弁を…(^^;)




































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テーマ : しあわせの素
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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