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2010-07-03

お釈迦様の手の平で

最近、気分が沈みがちでした。
原因は他ではなく、自分自身の「心のわがままさ」に、ほとほと嫌気がさした。ってところでしょうか?

私は、物心がついてから、「頑張ること」「辛抱すること」「諦めないこと」「常識的にふるまうこと」「努力すること」「人を悲しませないこと」そういうことが前提だと思って生きてきました。

それらを実行するために、行動し、言動を考え、それらを実行出来なかった時には、自分を責めたり、出来なかった理由を探しました。

例えばアルバイトを辞めたいな~。なんて思うと、「頑張らないと!」「辛抱しないと!」「辞めちゃだめ!もっと大変な仕事をしている人だっているんだから。」「自分の気持ちではなく、もっときちんとした理由がないと辞めてはいけない。」「せっかく育ててくれた店長に対して申し訳ない。がっかりさせちゃうかも。」なんてね。
と、その瞬間から、頭の中でさらに続けられない理由探しが始まって、あげく結局辞めるんですよね。
時には「前向きな気持ちで…」「合理的に考えて…」「その方が意義(価値)があるから…」なんて言葉で鎧を着せて、行動を選択してきたことも多々あります。

それって、そこだけ見て言うと「考えた結果」だけど、見えてない心の中を覗いてみると、実は「不平と不満」が渦巻いているんですよね。
バイトを辞めることが良くない。不平不満の塊だ!と言うことでは、ありません。「あっ、自分には合わないな~もっと違うバイトを探そう」でイイと思います。そのとき、その場合に、心が無意識下に、どう動いているのか?ということです。

私が沈みがちになっていたのは、そういう無意識下で、「不平不満」の自覚がなく、「○○だから」なんて理由に隠れて堂々と過ごしてきた数々のことを思い出したからです。

先日、伯父が亡くなりました。
お通夜の日に、昔のアルバム見たり、懐かしい話を親戚でしていました。
子供は大きくなり、大人は歳をとり、数年ぶりに会った親戚や、新しく家族を持った親戚もいたり、結婚式以来、始めてゆっくり会話するといった人もいました。
こういう時って、「昔はこうだったよね~」なんて会話や、「○○ちゃん、あの時そう言ったじゃない~」なんて言われて、「そうだっけ?」「覚えてないな~」「嫌だ~」と言う場面もありました(^-^)。
普段とは、別の視点で自分を振り返ってみたり、「人」って変わるな~なんて改めて感心したりでした。

私は、自由に生きてきました。もちろん、我慢もしてますよ~(^^;)。でも、やりたいことに妥協せず、これだ!と思えば行動し、違う!と思えば結果的に止める。昔だったら、ありえませんね。農家に生まれれば農家を継ぐ。親が決めた人と結婚する。戦争に行く…。その時代だったら、とんでもない放蕩者です。好きなものを食べ、味のないものに不満を言い、好きな服を着、持ち物にこだわり、ダサいや古いと文句を言ったり、親に反抗し、自分のことを棚に上げて先生に文句を言ったり、気の合う人やら、合わない人を決めていたり、自由な道を選び、自由が無いと権利を主張する。選択肢を探す。もっともっとと…今の時代では、普通かと思うことですが、「幸せ」と言う名のもとに、沢山のものを探し、貪り、掴んでは違う!と言って捨てたり探したりを繰り返してきました。
それも、悪いとは思いません。無智であったために、それらを繰り返しましたが、何かに気づければいいんじゃないかと思うんです。

今思うのは、わがまま放題に生きてきた自分は、きっとお釈迦様の手のひらで、あれやこれやに不平不満をつけ、まるで小さい子供が、あれでもない!これでもない!気に入ったおもちゃが無い!とダダをこねている様子。『これだね~(^-^)』と差し出されても、見向きもせずに自分の我を通し、ひたすら探している。そんな感じなのかな~って。

それでも、その手の平をひっくり返さずに、くるくるポイッと飛ばされずに、手のひらでパチンと叩かれずに見守っていただいてるんです。きっと「かわいいな~」って、私たちを見てくれているんだと思います。
そして、そんな気持ちで自分をみようと思いました。自分の心なんて、本当に自分か?って思うくらいに手がつけられずに、気まぐれなものです。でも、そんな自分の心を、否定したり、責めたり、うんざりするのではなく、「かわいいな~」って見続けることって、幸せのコツだと思うのです。ほら、身近にいませんか?そんな人。「自分を大切にする人。」「自分を愛せる人。」そういう人って幸せそうで、運がいいと感じませんか?

「頑張ること」「辛抱すること」「諦めないこと」「常識的にふるまうこと」「努力すること」「人を悲しませないこと」そういうことに必要以上にとらわれないで、自分を「かわいいな~」「えらいえらい」って許してあげるといいみたいですね。なかなか難しいですけどね~。「頑張らなくていい」「努力しなくてもいい」そういう意味ではありませんよ。そう出来なかった自分を責めることはない。と言うのです。
自分を責めたか、許したかでは、出した結果や行動が同じでも、次の行動や意識に大きな違いが生まれると思いますからね~。
今後は、「自分の許し方、愛し方を」もう少しさぐってみようと思います(^-^)♪





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プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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