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2010-04-15

二重性

テレビを見ていると、警察官が飲酒運転で事故を起こした。とか、消防士が、放火をした。とか、老人ホームの介護士さんが、老人に虐待をした。などと言うニュースを聞いたりします。
実際に消防の仕事をしている知人に聞いたところ、そのような心理はわからないでもない。とおっしゃっていました。
職業における使命と、真逆の行動を起こしてしまうという事態ですね。

ダイエットとリバウンドの関係はどうかな?
健康のため、体重増加を防ぐためと言う目的で、食事を制限するダイエット。
また、「食べすぎてはいけない」と思う心が働けば働くほど、無性に食べたくなり、ついに食べ過ぎてしまうリバウンド。普通は、無理に我慢するから爆発するんだ!と思いますよね。

でも、私たちの持つ、一人ひとりの性格や、思考パターンなんかは、実は、これに似た感じで形成されて来たんじゃないかな~と思うのです。無理に我慢をしたから、爆発したということとは別に、元々爆発する要素を持っていることを、どこかで気づいているから、それを回避するための行動を起こそうとする。それを隠すべく行動を起こす。ということです。
なんだかわかりにくいですよね。

例えば、私なんかは、人から「しっかりした子だね。」「きっちりした性格だね。」と言われてきました。でも、それってなんだか嘘をついてるような、私じゃないような気がしていました。謙遜ではなく、本当の自分は、大ざっぱで適当なんです。でも、やはり、心のどこかでは、きっちり行動をしなきゃいけない!約束は絶対に守らなければいけない!人に頼ってはいけない!と思う気持ちを強く持っていたんです。そんな矛盾している自分を、それまでは深く考えたことはなかったのですが、自分の心をじっと観察していると、ある時、これが母に対する挑戦から沸き起こっていたことに気がついたのです。
うちの母は、大ざっぱで適当なんです。おまけに子供の頃は、些細な約束でしたが、守ってもらえなかった記憶が多々あります。「お母さん、遊んで~」『あとで~』そういったまま遊んでもらえなかった程度の小さな約束です。私は、小学校の頃から、一人で起きて、パンを焼き、母を起こさないように気遣いながら学校へ行っていました。母は専業主婦でしたが、寝起きが悪く、朝顔を合わせるのが嫌だったんです。思い起こせばこの頃から、私の挑戦は始まっていたようです。心のどこかで、母にしてもらいたかったこと、やってもらえなくて嫌な思いをしたことを、「私は絶対にこうはなりたくない!」と私自身が気づかぬうちに、決心したみたいです。なので、自分の中から沸き起こってくる、おおざっぱで、怠けものな気持ちは、私自身を批判したい気持ちでした。もちろん自分を批判する気持ちには気づいていませんから、ただ、きっちりした行動をしなければいかない!と思い込み、しっかり一人で行動することが、母に対しての挑戦で、抵抗だったようです。
その気持ちに気づいてからは、ずいぶんと楽になりました。自分を認め、母を許す(母が悪いわけではなく、私が勝手に母に自分の理想を押し付けていた)ことがよくわかり、自分の性格や行動が、そんな些細な出来事から、何度も積み重なって形成されているのかと、思いました。

例えば、口うるさく、四六時中自分の領域に入ってきては、管理する親に悩まされた人は、他人から管理されることを嫌い、他人を先に管理したいと思うかもしれません。
例えば、ケチな姿を見て、いやだな~と思った記憶が強ければ、自分は絶対にケチになるまいと、気持ちよくお金を使う自分を表現するでしょう。そしてケチに人一倍敏感だったり。
自分のことって、よくわからないけど、心の底から湧き出る思いとは別に、これって本当の自分なんだろうか?と、やや疑わしい思いがあります。自分の中の、本音と建前のようなものです。自分にとっても、他人にとっても有益な性質ならいいですが、なんだかしんどい思いがあったとしたら、それはない方が楽ですよね。

本当の思いと、建前からくる思い。現代社会では、そういうことが山ほどあるかもしれません。
でも、この本当の思いと、建前の思いが、ズレを生じて、どんどん距離が遠くなってしまうと、身体のあちこちに不具合が生じてくるようなんですね。しかし、この事実には気づきにくいという仕掛けがあります。
それは、前述の私の子供のころのように、そういう思考になったのは、自分にはそれなりの理由があり、傷つかないように自分を守る手段で培った思考だから。という思いがあるからです。自分なりの理由を持っているときは、人の話は耳に入らないのとおんなじです。
騙すぞ!という顔をした詐欺師には、そう簡単に引っかからないものです。スゴ腕の詐欺師ほど、善人の顔をしているようなもんですね。心は、常に二重性を持ち、本音と建前でいったりきたりをしています。自分を騙すときだってあるんですね。悪魔と天使に例えたりするように。あれって、悪魔が外からささやいてくると思いませんか?でもね~本当は悪魔が自分の内側で、結構本音だったりするんじゃないかって思います。

ちなみに、記述式内観では、つらい思いやしんどい思いを消していくことが可能です。自分を認め、親や他人を許すことも体験できます。興味のある方は、お問い合わせください。私は大阪を担当しています。

癒しクリエーション→記述式内観→各地区担当まで。






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2010-04-06

守るべき理由

守るべきものは、いくつあるかな~
家族、仕事、財産、地位、今の生活、領域、思い出、ペット、命、家系…

簡単に守れるもの、何かを手放さなければ守れないもの、命がけで守るべきもの、時にはすべてを投げ出しても守り抜きたいものなどもあるかもしれません。本当に守りたいものは、いったい何でしょう?そして、誰のため?

私自身、人生を振り返ると、あるものを守るという理由で、これまで物事を選択し、今日まで生きてきた。と言っても過言ではないくらいです。それは、家族であったり、その時の生活であったり、経済事情であったり、自分らしさであったり… 守るべきものがあるから、頑張れた!かもしれません。守るべきもののお陰で、自分の満足感を満たすことができたかも知れません。守るべきものによって、諦めたことも数しれません。逆に、守れずに、諦めたことも数知れません。そう考えると、「守るべきもの」は、単なる決断の理由に過ぎなかったのではないかと思います。

どんなに大切な人やモノがあっても、やはり「自分」が1番大切です。自分が大切でなく、人やモノなど大切には出来ないと思います。自分を大切に出来ない人は、人やモノを大切にしようとしても、すぐに限界がやってきます。自分より、他人やモよりノにそれを求めますが、外に求める幸福感には、キリがなく、次に次にと追い求めるばかりで、疲れ果ててしまいます。まずは、自分を1番大切に考えることが普通だと思います。

話が飛びますが、最近「断・捨・離」(ダン・シャ・リ)と言う言葉が流行っているようですが、大掃除をして、字のごとく、断つ・捨てる・離れることのようです。何年も使っていないものを処分したり、不必要なものを捨てたり、古いモノや思いを残したようなものから、おさらばするようなことらしいです。これを実行すると、幸運が訪れるとか…(^-^*)この言葉を聞いたころには、ちょうどすっかり「断・捨・離」を実行していたころだったので、「私って、なかなか流行りの波に乗ってるやん♪」と思ってたのですが、「断・捨・離」を実行した自分の部屋を見渡すと、部屋に残っているのは、子供が描いた太陽の絵と、地球儀、パソコン、今は使っていない前のパソコン、人から頂いた手作りの棚、アロマキャンドル、布団、本、アルバムなどです。「断・捨・離」をすると、自分が大切に思っているものや、本当に必要なもの、自分の心の中がよく見えるものだとわかりました。
今は使っていないのに処分できないパソコンは、「もしも、今のパソコンが突然壊れたらどうしよう…」「処分するのに、個人情報を消したり、特別ゴミを手配するなど面倒だな~」と言う理由で、処分できずにいます。これは、自分の心の中の考えが丸見えですね(^^;)
こんなことを書いたのがバレたら、叱られると思いますが、うちの母は、15年以上前に他人に貸したお金がありまして、未だに返してもらっておらず、恐らくもう返してもらえないと頭の中では諦めています。でも、今でも3年に1度くらい当時貸付た数回に渡る通帳記録や、手形などの数々を出してきては、私に見せます。確かに諦め切れる額ではなく、私も未だ手にしたことがないほどの大金ですので、気持ちはわかりますが、わかりようもない事実でもあります。母がもしもこれらを、過去の出来事として整理がつけていれば、近年に大病を二度体験することにはならなかったのではないかと思ってしまいます。

捨て去られるものなら、捨て去りたい。
忘れられるものなら、忘れたい。

手放したいものほど、手放せないのかも知れません。
守ることが容易でないほど、守らなければと思うのかも知れません。

それを決めるのは、誰なのでしょう?

「守るべきもの」を、時間の観点で言えば、思い出などのように、過去のモノの場合があります。また、未来をベースに描くモノだったりもします。想像すれば、一見美しいようにも思えます。美しければ美しいほど、怖さを感じます。何故?守ろうとするから。消したくないからです。時々これらのことを、「責任感」と名付けて恐怖すら感じる方もおられるほどです。これらの相談を、お聞きすることも、しばしばありますが、どうでしょうね~

過去でも、未来でもなく、たった「今」大切だと思うものを、素直に正直に心から大切にするというのは、いかがでしょうか? 将来こうなってしまったら…とか、世間体から考えると…とか、家族を思うと…ではなくです。好き勝手に生きることをお勧めしているのではありません。
大切な人やモノを思う心から出た答えに、間違いは、ないと思うのです。そして、1番大切なのは自分であるということも、ひと時も忘れてはいけないと思います。

人間に、過去の記憶がなければ、そして未来を案ずる知能がなければ、どんなに強く生きれるか!と思います。
「守るべき理由」は、自分の心そのものなのかもしれません。

















プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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