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2010-03-29

見えない皮

食事中には読まないでください。
変な話、自分のトイレの臭いってわかります?
私はわからないんです。想像ですが、わからない人って多いんじゃないかな~
人間の嗅覚は、他の動物に比べて、あまり繊細ではないというか、時間とともにマヒしてしまうというか、臭いを感じるところにいても、ずっとその場にいると、わからなくなってしまうみたいなところがあるようですからね~。
だけど、他人が入った後のトイレなんかは、大だったか、小だったかは、わりとわかってしまいますね(^^;)。急に臭いのする場に行くとわかるんですよね~。家の臭いなんかもありますね。○○さんちの匂い。図書館の匂い。銀行の匂い。お医者さんの匂い‥。
そして、やや鈍感にも思えるこの嗅覚ですが、意外と記憶力が高いようにも思います。昔、恋をした人の匂い。どこからとも漂ってくる焼鳥屋さんの炭火の匂い。小学校で流行った消しゴムの匂いなんかは、いまだに覚えていませんか?
たまたま急に感知した匂いによって、過去の記憶が一瞬にフラッシュバックするなんて経験。これは、メモをしたり、記録を残したりしたものではなく、感覚の中の記憶として覚えているんだから、すごいな~っと思います。

これは、心もよく似てるな~。っと、またまた思ってしまいました。

「心」は、新しい体験には敏感に反応します。しかしながら、何度も何度も同じ体験をすると、その出来事は、当たり前の出来事となり、そのうち反応しなくなります。
辛い経験も、嫌な過去も、度々同じような目に遭遇すると、心がやりきれなくなり、何かの理由をでっちあげて、その衝撃を直接に受けないように、防御するようです。むき出しの心では、傷つくというので、心に見えない皮ををかぶるような感じです。自分には見えないから、本当に気づかずに、何枚も何枚もかぶります。皮をかぶることによって自分を守るんですね。例えば、「邪魔ね」って言われ続けられると、傷つくでしょう。そして皮をかぶります。次は、言われないように、邪魔にならないように色んな努力をしてみるでしょう。お茶を入れる。肩をもむかのように、笑わせてみたり、邪魔にならないように静かに黙ってみたり、顔色を窺ってみたり、色んな皮をかぶります。傷つかないように。それでも「邪魔だ」と言われ続けると、ついに疲れて存在を消して過ごそうとします。またまた皮をかぶって守ります。そして、新しい環境に遭遇しても、自分は「邪魔だから」と思いこむでしょう。思いこむ方が楽なんですよね。もう散々傷つきました。自分は「邪魔だ」とひっそり過ごす方が楽なんです。
親が身勝手で一方的で、親の都合ばかりで納得いかずに過ごしてきました。いつも「ずるいな~」「公平じゃないよな!」なんて思いながら…。そうすると、傷つくたびにやはり皮をかぶるようです。そして、他人からは振り回されないように、傷つけられないように、状況を先に支配しようとするようになります。

こうして、私たちは、見えない皮を何枚も何枚もかぶり、心を守り今日まで過ごしてきているように思います。昔の記憶、皮をかぶった発端の記憶などは遠に忘れてしまっていることの方が多いですが…

この目に見えない皮ですが、実は、光を通さないようなんです。
「なにを言ってんだ?」「光ってなんだ?」って感じですよね。
光の正体は、「幸せだな~」「楽しいな~」「ありがたいな~」って感じることです。
1枚、1枚、皮を脱いで、光の通りやすい体にしたくありませんか?
でもね、いきなり皮は脱げないんです。なぜなら、自分では見えないからです。何が皮だかわからないからです。
これを教えてくれるのは、周りの人です。特に、自分にとって苦手な人は、とても明確にそれを教えてくれます。その時、皮がうずくからです。うずいたことが自覚できれば、1つクリアです。そして、今までと違った反応が出来れば3つクリアって感じです。人は普通、同じ反応を繰り返して、同じ状況や環境を呼び寄せつくってしまっているようです。自分の反応が変われば、環境も人間環境も変わっていくでしょうしね。
皮肉なようですが、苦手な人様様です(^^;)。苦手と感じるのには、理由があります。その理由が、自分のかぶった皮のヒントになります。一度、自分の心を観察してみてください(^-^)♪







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2010-03-25

部屋と心と私

掃除って、「しなきゃ~」とは、思うものの、なかなか面倒だったりします(^^;)
「よし!やるぞ!!」と思い立った時は、大晦日なみに出来るのですが、毎日毎日、となると…「1日位、休んでも死にゃ~しないかっ。」な~んて怠け心がやってきたりして、そんな時は、自分と仲良し!妙に意見が合い、後回し♪
そんな日々を過ごしていました。が…!ある時、こんな話を聞きました。

大学生で、家庭教師をしていらっしゃる方から聞いたのですが、生徒さんが、大事なテストに向けて一生懸命勉強していました。それをサポートしていて、よい成績を取れるだろうと確信していました。いよいよテストの日、生徒さん本人もかなり調子よく出来た!自信がある!と安心していたそうです。ところが、テストが返されて結果を見ると、答えは正解しているのに、書く場所を間違えていて、縦に書かなくてはいけない答えを、横書きに書いてしまっていて、点数としては、残念な結果になってしまったそうです。
それを、あるお歳をめした方に話したら、「タンスの中身が整理されていないようだね。特に下着などは、グチャグチャだね。」と言われたそうです(*^。^;*)

つまり、タンスや机の中、部屋、家の状態は、自分の心の状態と同じだと言うことをおっしゃったのです。

それを、聞いて私も「ハッ!」としました。とっても納得する。心当たりがある!と思ったのです。
自分の状態を客観的に見て、部屋の状態、タンスの状態、机の中を照らし合わせてみると、やはり!と当てはまるのです。それから、物事に対しての考え方、仕事や生活においての現状。当たってるな~と。

部屋の状態もそうですが、付け加えて、人が来るから片づける。とか、見えないところは後回し。見たくないものには、目を伏せる。もったいないから捨てれない、一人じゃ片づけられない。誰かに手伝ってほしい。人が掃除すると自分もしたくなるなど…掃除に対する感情まで、なんとなくその人の心の状態を表しているんじゃないかと思いました。

そうと思えば、掃除せずにはいられません!!
ただ、気まぐれに「そっか!掃除をしよう!!」なんて、衝動的、突発的に掃除をするのも、本来のものではなさそうです。継続的に、自分の心の状態とリンクしていると意識を持って、続けることが好ましいと思います。

自分の意識を改革する!自分を変える!なんてことは、なかなか至難の業です。ですが、この掃除という行動を逆に利用して、自分を改革することが可能かもしれません。

なまけものな私が、偉そうに掃除を語ることは恐縮ですが、近年出回っている「そうじ力」や、「そうじをすると幸運がやってくる」「掃除で金持ちに」なんて類の書物が、一部の特例ではなく、万人に与えられた幸運になるチャンスではないかと、身をもって確信するこの頃であります。





2010-03-18

KY

KY(ケーワイ)=空気読めない。
少し前に、ブームを起こした略語の1つですが、耳にしたこと、実際に使ったこと、ある方もいらっしゃるかと思います。他には、JK(ジェーケイ)=女子高生、MK(エムケー)=マジでムカつく‥等など、色々ありましたね~(^^;)。
KYですが、この場において、突拍子もない発言や、行動を取った人に対して、「KYやな~!」なんて冷やかしたりするときに使うようですね。

KYと言われると、あまりほめ言葉では、ないような感じですが、個人的には、「空気を読む」ということは、出来た方がいいかもしれないし、そうじゃない方がいいかもな~と思うことがあります。
細かく言うと、「空気を感じる」ことが出来れば、とんでもない発言や行動を防ぐことができると思いますが、「空気を読む」となると、この先の展開を頭の中に一度想像して、こうなるであろうと考えた上での行動になるわけですから、常識的には対応できるかも知れませんが、とりこし苦労を招いたり、逆に自分の心の中の勝手な思いこみの上で行動をとったりして、かえって相手を不愉快にしてしまったり、なんだか疲れたりすることがあるんじゃないかな~と思います。また、心のどこかで「空気を読まない人」に対して、知らず知らずの上で、批判的な意識を持ってしまっていたりすることもあるんじゃないかな~と思うんです。それに「常識的なこと」って、それ自体が、自分の主観だったりしますしね~。

例えば、誰かと恋愛をしたとします。好きになったらこうするものだ!と「恋愛」そのものに、それぞれの構想があると思います。しかしながら、空気が読めてしまうと、相手の期待する状況に合わせてしまったり、否定すると傷ついてしまうんじゃないかと想像し、つい言えなくてずるずる合わせてしまったり、また、恋愛自体が、こういうものだ!と言う思い込みから、行動したり、また行動できないことや、思えないことに対して、自分の気持ちを疑ってしまったりしてしまうんじゃないかな~と思うのです。これは、恋愛に限らず、他の人間関係でもあるかな~と思います。人が悲しんでいるときには、一緒に悲しむもの。人が腹をたてて、愚痴を言っているときは同調するもの。友達が落ち込んでいるときは、励ますもの。でもこれらはみんな感情の固定です。
「空気読まない」人が、一番心が透明だったりして…(^-^)なんて♪

悪意のない「KY」は笑いが起こるものですね~。自分勝手な傲慢さなんかが、ちらっと感じられた「KY」な時には、周りは心地よく感じないのかな~

なににしろ、感情を固定しない方が、楽で、健康に過ごせるようですよ~♪




2010-03-15

アバター

先日子供と、映画「アバター」を見に行きました。
子供には難しいかな~?と思いましたが、終了後はしっかり泣いていたので、なにかしら感じた部分はあったようです。私的には、宮崎駿さんの作品と似た世界を感じましたが、感じ方は十人十色でしょうね~。

「アバター」というのは、宇宙の他の星の生命体のような存在でしたが、人間に姿かたちは似ていますが、緑色のBODYで、人間よりも一まわり大きく、しっぽが生えていました。また、人間はアバターが住む環境では呼吸が出来ず、呼吸器をつけるか、アバターのBODYにリンク(仮面ライダーのような状態)するか。の2つの方法しかありません。人間はアバターの世界に存在する一握りで大金を手に出来るという石を採掘するため、アバターにリンクし、アバターに近づき情報を得て…という中での、心の変化や、人間というものの生き方を考えさせられる作品でした。

この映画を見たあと、私たち親子が共通して思ったことが、「もしかしたら私もアバターかもしれない?」ということでした。共通の感性に驚いたのですが、子供が言うには、実際の生活の中でも、本当の自分と、自分をコントロールする誰かを感じるというようなことです。「この子の感性は凄いかも?!」と思いましたが、内容を聞いてみると、「めいいっぱい遊んでるのが自分で、宿題に追われている別の自分がいて、第二の自分に宿題を預けてできたらな~と思う」なんて、単なるマンガのような発想でした(^^;)

自分は、本来目的を持ってこの世に生まれてきたにちがいないと思ったことはありませんか~?前にもブログに書きましたが、私は、この自分の体を借り物として考えているのです。
死んだら魂がどうのこうの~って言うのもな~んとなく信じますし、正夢(寝ている間に未来に散歩する)なんてこともあるのかもな~なんてことも思うのですが、ま~毎日忙しい世の中で生きていては、そんなことは、どうでもいいような話かな~

映画の「アバター」の主人公は、「人間」と「アバターという生命体のBODY」を行ったり来たりするのですが、ちょうど仮面ライダーの変身前の「人間」と変身後の「仮面ライダー」といった感じですが、あるとき、どっちが自分なのかわからなくなっていくんですね。本来人間なのですが、アバターを体験するうちに、「本当の自分がどっちだか、わからなくなってきた。」と言うシーンがあります。でも、これって、あるかもな?と思いました。
些細なことでは、家での自分と会社での自分。
一人の時の自分と、大勢の中での自分。
悲しんでいる自分と、悲しんでいる自分を見ている自分。など…

どっちが本当の自分なんでしょうね~ よく「自分探しの旅に出る」なんてこともあるようですが(^-^)♪なんで、旅に出ないとわからないの~?旅に出て、自分がみつかるの~?自分なんか、ここに居るのに誰を探しに行くの~って感じですよけども、きっと日常に追われるような生活の中では、なかなか自分らしさを忘れてしまいがちなんですね~。世の中の常識、しきたり、文化、規則、「こうあるべき」という考えのなかで、それに従って生きていかないと変人扱いですもんね~(^^;)。旅に出ることによって、ある種の枠から出れば、自分らしさが見つかるかも!っていう発想なんでしょうかね~。

まあ~でも万人が、旅に出れるわけでもありませんし、自分探しをしなくちゃいけないこともないのですが、「(常識などに)とらわれた世界」にのみ、身をまかせて生きるのは、つまらないかな~と思うのです。
常識の中で生きなければいけない自分と、常識の枠外での自分を行ったり来たり旅するのは、「とらわれた考えの世界」から、抜け出せる方法なんじゃないかと思います。 
つまり、会社で仕事に追われて苦しんでいる自分と、「あ~自分って会社の仕事に追われているんだな~」と客観視する自分。現実逃避ではありません。状況や感情に巻き込まれないということです。これにまんまと巻き込まれてしまい、それが大部分を占めてしまうと、過労、うつ、不眠、などになりかねません。大体巻き込まれるような時は、心や身体が忙しすぎたり、感情がオーバーワークしてしまい、自分の位置が分からなくなった時なんですね。仕事の追われる自分が、本当の自分になってしまい、本来の自分が忘れ去られた状態です。(とらわれた世界>自分[魂])

「心と身体のGPS」
どんな環境に、どんな状況に位置しようと、自分の心の動きに惑わされず、時にはアバターor仮面ライダー感覚で、困難を乗り切ってみてはどうかな~





2010-03-09

わらしべ長者

子供の頃、「わらしべ長者」という物語を読みました。細かい内容は忘れてしまいましたが、ある男の人が「わら」をはじめに、出会う人と物々交換をして、最後に長者になった。というお話でした。
今や、「物々交換」という言葉は、あまり使わなくなりましたが、わらしべ長者は、この「物々交換」によって一文無しから長者になったんですね~。
今の世の中では、自分に不要になったものや、自分にとって価値がなくなってしまったものを、他人に引き受けていただき、相手の持ちモノの中で自分に必要なモノと交換していただく。というシステムがあると思います。たいていはモノとお金のやりとりがほとんどでしょう。そこには、心のどこかに「自分は得したいけど、損はしたくない」という感情があるのも、物質社会では、否定できないと思います。そういう気持ちが強ければ、「物々交換」は、あまり面白いものではないと思います。「もらう」ことに大きく比重を置いているわけですから、しいて言えば、タダでいただきたい!得をしないなら交換する意味がない!といった具合ですよね。大阪のおばちゃんである私には、よ~く理解できる心境でもあります(^^;)

でもおそらく、物語の中での「わら」は、この主人公にとっては、唯一の財産。唯一命以外に持っていた物質だったんだと思います。「不要になったもの」でも、「自分にとって価値が無くなったもの」でも無かったと思うんです(多分)。

まあまあ、それが自分にとって不用なものであろうが、必要なものであろうが、相手との交渉の中で「交換する」という動作の中にエネルギーが発生します。お金で例えれば「経済」ですね。心でいえば「愛」でしょうか。

それらは一方通行では、成立しません。ここで表現した「愛」は「恋愛」という要素よりも、「理解・共感・許し」に近い感じです。

最近こういうことを企業も実践しはじめていますよね!
「ユニクロ」さんなんかもそうですし、有名百貨店なんかでも、着なくなった洋服や靴を引き取ったりするといった企業がどんどん増えています。そして値引きや、下取り割引をしていただくといったことを実施されているようです。
回収されたこれらのモノは、リサイクルされたり、アフリカなどに寄付されたりするそうですが、タンスや靴箱の整理をする上でも助かるな~と思います。もう着ない。もう履かないんだけど捨てられないものって意外とあるんですよね~。でも、どこかで何かの役に立つ!おまけに割引券が付いてくる!と思えば手放す勇気も出ます!

「経済」にしても「愛」にしても、一方通行では成り立たないと言いましたが、お金にしても、気持ちにしても、「交流(流れ)」がないと動きが悪いんですよね。自分では、「愛」や「お金」を得ているつもりでも、一方的に得ようとしている場合では、そこで得たものは、「愛」でも「お金」でもなく、「欲望」だったりするんですね。

与えたものが、与えられる法則
「愛」を与えれば「愛」を与えられる。
「笑顔」を与えれば「笑顔」を与えられる。
「喜び」を与えれば「喜び」を与えられる。

物語の中で長者になった男は、人に与えたものは、「わら」ではなく、自分の「すべて」だったんだと思います。
人生においては、自分に丁度いいものを与えられるのかもしれません。





2010-03-06

味噌造り

味噌を造りました♪(本より参考写真)…
DVC00146.jpg
大寒の頃になると、大豆が出回ります。
生米麹(こうじ)は、近所では手に入りにくく、今回は知り合いの方にわけていただきました。
大豆は、1晩浸してもどします。
DVC00147.jpg
塩と生米麹を混ぜ、圧力なべで柔らかくした大豆を潰してまぜます。
DVC00149.jpg
ハンバーグのように空気を抜きながら、壺にはりつけるように詰めていき、最後に平らにします。
DVC00150.jpg
出来上がりは、約半年後です(^-^)♪

DVC00144.jpg
↑こちらは、私が詰めた実物。

昔の人はすごいな~☆~
梅干しや、味噌、醤油や、干物、漬物など…どうやって考えだしたんだろうと感心します。
私は、上手ではありませんが、梅干しや、ジャム、ソース、たれ、トマトソース、佃煮などを造ります。
忙しく流れる生活の中では、「旬が出たな~」と思ったら、あっという間に過ぎ去ってしまいますから、小さな季節の移り変わりをよく見ていないと、「あれ?もう手に入らない。また来年~(^^;)/」ということになってしまいます。
自然の中で生活しているわけではないので、季節を感じるのも、さみしい話ですが、スーパーや市場の陳列次第になることが多いです。

美食の時代、「旬のもの」と言いますが、昔は、どんな食材も「旬のもの」だったんでしょうね~。
今は、トマトもキュウリも茄子もオールシーズン食べることが出来ます。が、本来これらの野菜は夏野菜ですからね~。スーパーに行けば簡単に手に入ってしまうので、季節感も疎くなってしまいます。
「旬のもの」は、その生命が最高のエネルギーを持った時期だと思います。
季節の流れは、「生と死」の繰り返し…
これらの食物を育んでくれた太陽、大地、空気、水など自然の恩恵に感謝し、ありがたく生命をいただきたいと思います。豊かな食生活の中では、ついより好みし、おいしいものは、もっとほしいと貪り心が騒ぎます。味がないものには愚痴を言ってしまいますが、味噌にしても、お米にしても、野菜つくりにしても、その手間ひまを考えると、自分ごときが果たして味に対してどこまで言える存在だか、ふと考えます。
「食」が「命」であるという大切な認識を取り戻さなければならない、時代が近づいているんではないかと思います。


















2010-03-02

体と考える

3月になりました。
暖かくなってきたな~と思いきや、また寒い日が訪れたり、天候が変わりやすい季節のようです。
春になると、動物の多くは発情期に入ります。植物もそうですね。新たな芽を出し発育します。そして虫たちも動きだし、生命が活動的になる季節です。
人間の骨もそうらしいですよ。春になると骨盤が開き気味になり、冬にかけては、閉じていくというリズムを季節ごとに繰り返しているようです。
春は、発情に入るため、腰の骨が弛んでいき、徐々に骨盤が開いていくんですが、その過程で骨盤から腰のバランスをとるため、上半身が硬直するんですね。時間の経過とともに、次第に腰に力が入ってきて、上半身も弛んできて、春の体になっていくそうなんですが、途中、片方の骨盤がうまく緩まないと、呼吸器に負担がかかり、腰が痛くなったり、心臓が痛くなったり、肩が張ったり、異常な食欲が出たりします。
また、生理の時なども、骨盤が弛み出血が起こるのですが、うまく弛まないときに生理痛が起こったりするようです。
また、春になる過程での上半身の硬直が、肩甲骨あたりにある目、耳、鼻、心臓の急所などに影響を及ぼし、目がしょぼしょぼしたり、花粉症、フラフラ(三半規管の影響)、頭痛、首痛が起こりやすくなるようです。

近代的な生活になっても人間の体は、太陽の動き、季節の変動、気候、気温、自然の原理には逆らえないようです。
エアコンなどでオールシーズン快適な状態に調節しても、逆に体はバランスを崩してしまうようですから、当たり前ですが、人間も自然の法則を無視できない動物なんですね~。
それを無視してしまい、自らがタイムボカン?ヤッターマン?(人間がロボットの頭脳に入り、巨大ロボットを操縦するマンガ)のような気分で体を操縦していると、いつか故障してしまいます。故障と修理を繰り返し、やがて重症な問題に発展し破滅ということもあるでしょう。

やはり、人間も大自然の中の1つの命。
自然の法則に乗っかって生かされている存在だと認識し、季節や体の変化を観察しながら生きていくことが、健康への近道であり、それが(自然の中で生きていることが)わかれば、慌てることも少なく、体の変化と季節の変化を感じながら、生命の神秘を感じることでしょう。

自然と命に感謝できてこそ、その恩恵を受けることができるんじゃないかと思います。

私ごとですが、3月に入った昨日から、「こどもの柔軟体操教室」を開きました。
そこでは、私が中心になって体操を行うのではなく、毎週子供たちと1つのテーマを決めて、それをみんなでどうやって行うか!を考えながらすすめていく場です。
ちなみに昨日は、スプリット(開脚、股わりみたいな)です。
体の硬い子、柔らかい子それぞれいますが、硬い子はどこの筋が伸びにくいいのかな~?と、本を見て確認したり、足を左右に開いた時に背骨が真っ直ぐになるか、お腹のあたりで曲がってしまうかなど…
みんなができるようになるために、みんなで体を動かしながら、方法を考えるという場です。
あとは、おすもうさんのシコを踏む格好(内もも力アップ)のままで、鬼ごっこをしたりしました。

次回は、縄跳びを使います。来月は、昔の遊びをヒントに、空き缶にひもを通しゲタのようにして歩く遊びをしようかと思っています。体の体幹を感じて歩く練習です。

子供の想像力は壮大で敏感なので、私は凄く勉強させてもらえます。
宿題も持ち込み、半時間はみんなで宿題をして、1時は体操(遊び?)をして、元気なエネルギーを置いて帰ってくれます。
「体と考える」機会を、もっと広い視野で、造っていきたいな~と思っています。









プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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