--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009-12-11

虐待と神様

「虐待」について考えると、「神様っているのか?」友達と話していました。

私の個人的な意見ですが、その辺を考えていくと、この世に「生を受ける理由」までさかのぼると思いました。
私たちは、「愛」を知るために、この世に生を受けるんじゃないかと思います。
「愛」というのは、「love」という要素より、「heart]というものに近い感じかな~

自分自身を振り返ってみても、ありえない親や、言うことを聞かない子供、思うようにいかない子育て。そんなことで悩んだ時期もありました。
「何で世の中、平等じゃないんだ?」
「家族って何だ?」
「夫婦って何だ?」なんて…

子供を持って、はじめて経験した喜び、苦悩、愛情、孤独…
神様は、これらを経験する上で、「愛」と「許し」を学ぶ機会を与えてくれてるんじゃないかと思います。

私たちが普通に想像する「神様」は、温かい「愛」で守ってくれるような存在?
「神様」は、そんな存在ではないと思います。
太陽のような存在じゃないかな~

太陽は、いつも変わらず私たちを照らしてくれています。ある意味平等です。
太陽の壮大な恵みによって、この星では、生命の誕生が繰り広げられます。これもある意味平等。
しかしながら、日照り続きの影響や、飢えで苦しむ子どもたち。
「あ~ごめん、ごめん、熱かった?」といって、太陽は、温度調節なんかしてくれません。 
「黒人」と差別を受ける人種問題について、じゃ~神様はいるのか?
神様が本当にいるとしたら、肌の色は全国共通?
住む気温。生物、食物もみな平等?

違いの中で、学ぶもの。
神様にとって、違いは、「愛」を知るためであって、「不平等」を作るためではないと思います。
違いの中で、たまたま人間が、「不平等」という認識を作り上げただけのこと。
もっと深い意味で言うなら、「違い」をわざと創造したのではなく、全体の中の一部だと思います。1つの光を表現する際のグラデーションみたいなものでしょうか。人間はそのグラデーションの、一部の色だけ見て判断してしまうことが多く、そこだけ見て、「いい」とか「悪い」とかを決めてしまう癖が強いんじゃないかと。

「虐待」という問題に戻りますが、親子という、代々に渡る深い絆。このハードな関係性の中から、「愛」を知り、「許すこと」を学ぶ際の、単純に結果ではないかと思います。言葉に語弊があるかもしれませんが、神様が創造した親子という関係性の中で学ぶ課題に対して、その時「虐待」という答えを出したということです。痛ましい結果になってしまうこともありますが、私が思う神様は、この「虐待」という結果よりも、その時、その一瞬の「心」の在り方の方が重要なことなんじゃないかと思います。

言葉に表現することは、とても難しいことですが、「神様」は、いつも優しく、温かく、守ってくれるような存在ではなく、真の「愛」と「許し」を知りるために、時に厳しく、温かく、残酷にも感じるほどの創造を与える存在だと思います。

親子や家族には、親子と家族の数だけ、個性があります。人が想像する幸せな親子や家族は、それぞれ頭に描く理想像のようなものがあるかもしれません。仲が良い~とか、笑顔の絶えない~みたいな…
それは、人間が想像するところの理想ですが、神様の視点があるとしたら、仲の良い関係性の中で、心がどう感じるのか、喧嘩の絶えない関係性の中から、心がどう感じ、学ぶのか… そっちの方が重視じゃないのかな~と思います。

子育てに悩む時も、夫婦のことで悩む時も、親子関係で悩むことも、それは、厳かな神様からの手紙だと思っています。
捨ててしまう。さらっと読む。何度も読み返す。
どんな手紙が来たかよりも、手紙をどう読むかが、ポイントなんじゃないかな~と思います。





スポンサーサイト

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 心と身体

プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。