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2009-12-30

あの世

昨日、今年最後のご先祖様のお墓参りに行きました。
1年間、家族が無事に過ごせたことのお礼と、報告に行きました。
「1年は早いな~」
年をとるごとに、1年が、とっても早く感じてしまいます。

小学生のころなんかは、大きくなれば、たくさんお年玉をもらえるんじゃないかと思い「早く大きくなりたいな~」と思いましたが、まだ2年生、まだ4年生、まだまだ…(~0~)と、なんだか自分だけがなかなか年をとらないような気がして、「本当に大人になるのかな~?」 もしかして、子供に生まれると、一生子供で、おじいさんに生まれると一生おじいさんで、お母さんに生まれると、一生お母さんなんじゃないか?と心配した時もありました。
心配ご無用(^^;)ちゃんと、しっかり年をとりましたけどね~

同じ1日。同じ1週間。同じ1年。みんな同じ時間を生きているのに、その時その状態によって、時間の感じ方が違うのは不思議です(^-^)

お墓の側面に、命日が刻まれています。おじいちゃんは、84歳。おばあちゃんは、94歳であの世に渡りました。
あれから、10年ほど経ちましたが、いったいおじいちゃんおばあちゃんはどんな姿になっているんだろうか?ふっと想像しました(^-^)。さらに10歳ほど年をとっているとしたら、94歳と104歳?いやいやそんなことがあったら、江戸時代のご先祖様なんかは、200歳くらいになってしまいます。じゃ、歳はとらないか(@-@)?

死んだら、「無」になり、なんにもなくなるのかな~。だとしたら、ただの四角い石に向かって花を挿したり、煙を立てたり…人はいったい何をしているんだろう?バレンタインデーのように、石屋さんの戦略か?なんて(^^)♪

セミは、土の中で何年か過ごし、地上では、1週間で死んでしまいます。
トンボは、卵時代→ヤゴ(水中)時代→トンボ(陸上)時代を生きます。
蝶や蛾は、卵時代→青虫時代→さなぎ時代→蝶々時代をこの世で生きます。
人間は、精子、卵子時代→胎児時代→出産を経て、赤ちゃんとして誕生します。

「→」の瞬間には、生命の存続方法が変換されます。
たとえば、呼吸法。エネルギー源(食べ物)。見た目も形も驚くほど変化する生物がたくさんいます。

私は、胎児の頃や、精子や卵子時代なんて、全く覚えていません。
虫たちにヤゴのころや、青虫のころの話も聞けるはずはありませんが、多分記憶はないと思います。
記憶があったとしたら、急に変わった呼吸方法に戸惑い、対応出来ずに、おぼれたり、窒息してしまうような気がします。また、お腹の中にいるときに、外の世界を想像は仮に出来たとしても、全く未知の世界だったでしょう。

「→」の瞬間には、特例はあったとしても、呼吸法や食べ物の変化と同時に「記憶」も消去されているんじゃないかと思います。つまり、あの世は、あるのか無いのか未知ですが、個人的には、呼吸法やエネルギー源が変化するだけで、あるんじゃないかと思います。そんな話になると宗教的な話になりそうですが、時の流れを早送りして考えてみると…
「木」は、はじめは、種→芽→草→枝→木→枯れ木→次の種の栄養となり、生命の循環を繰り返します。野生の動物も、誕生し、死を迎え、大地の種や栄養となり、次なる生命を生み出します。理科的には、エネルギーの変化。科学反応の繰り返しですね。
この世は、精密で、細部にわたり緻密に設計された生命の連鎖のように思いますが、実は、ありのまま。偶然の変化の繰り返しのようにも思います。今の命は、長~くひろ~く大き~い宇宙全体のほんの一部。ほんの一瞬。

あの世説には賛否両論でしょうが、生物は現在の姿である肉体の衣を脱ぎ、エネルギー源を変化させ、次なる命の源となるんじゃないかな~と思います。

どうせなら、処分に困る有害な廃棄物になるより、未来の子供や環境やこの世に役立てるエネルギーと変化出来るなら、あの世もまんざらじゃないかな~と思いますけどね。

読みつらいところが多々ある中で、寛大な心で読んでいただきましてありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたしますm(--)m
よいお年を…(^-^)☆///

























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2009-12-25

サンタが街に

今日はクリスマス♪
中1の娘は、6年生までサンタさんを待っていました。
小5の娘は、今年もサンタさんに手紙を書いていました。
この年頃になると、サンタさんの正体が、どうだこうだと学校でも話題にのぼってくるようです。
それでも、かすかに期待をしているようで、信じていれば「来る」と思っています。

プレゼントをもらった人、プレゼントを贈った人。
大切な人たちと過ごした人、それどころじゃなかった人…

それぞれの1日。それぞれの思い。

地球の裏側では、どうなんだろう?
地球儀を回しながら、考える。
フィンランドから、サンタクロースが来るとしたら…
果たして国々の上を通り、笑顔のまま日本にたどり着くだろうか?

何日も食べ物を口にしていない子供たち。
お金が無くて病院にいけない子供たち。
生活のために、幼くも労働をする子供たち。
戦争で親を亡くした子供たち…

そんな国々の子供たちの心は、いったいどんなことで安らぎを感じれるんだろう。
サンタクロースは、そんな子供たちに、何をしてあげれるんだろう。

人間の「欲」の犠牲になっている世界の国々の子供たちに、サンタの一員として、「ごめんね」を言わずには、いられません。開発!戦争!軍事!それほどの巨額な費用があれば、どれだけの子供たちが腹を満たせるだろうか。

サンタクロースの存在を議論する子供の話は、よく聞くけれども、「大きくなったらサンタクロースになりたい!」と言う子供の話はあまり耳にしたことはありません。私も思いませんでした。
分け合うことを教えられながら、獲得することも教えられました。ややこしいですね~(^^;)

私たちは、同じ地球のどこかで、我々にとって当たり前のことが、当たり前じゃないことについての、色々なことを、子供たちに贈り伝えていかなくてはいけない義務があると思いました。



























2009-12-22

いじめ

小5の娘は学校から帰ると、毎日学校であったことをひたすら話すのですが、まぁ、喧嘩したり、仲良く遊んだり、算数が難しかったとか、体育で何をした…とか、話が長いこと(-。-;)
私も用事をしながら耳を傾け、大事なことは、しっかり聞いていますが、半分は、右から左で聞いています(^^;)

子供世界で、私たちが経験したように、多かれ少なかれ「もめごと」は、つきもののようです。
そして、低学年のうちは、喧嘩してもあくる日にはケロッと忘れて仲良くなったりしているもんでしたが、高学年になってくると、その喧嘩が数日ひきずったり、やや複雑なもつれを起こしたりもしてくるようです。

子供の世界の話を聞いていて、最近思うのが、「やきもち焼き」や「独占欲」の強い女子増えているのかな~なんて。
グループで行動するより、1対1で行動することを好む女の子が多いみたいで、色んな子と遊び続けていると、「浮気者」扱いを受けるそうです。うちの子は、どちらかというと「浮気者」要素が大きいのですが、以前、色んな子たちと遊んでいると、突然ある女の子から「無視してて、ごめんな!」と謝られたそうです。娘は、無視などされた覚えも、自覚もなく、「えっ?私、無視されてたん?」と、驚いたそうですが、当時は「無視ブーム」みたいな変なブームが起こっていたようで、次から次へとターゲットを変えては、「無視」をしていたみたいだと話をしていました。
「知らぬが仏」というもの。気がつかないのは、ある意味幸せのようです(^-^)

そんなこんなを繰り返しながらも、学校から帰ったと思えば、ランドセルを放り投げ状態で、すぐに外に遊びに出かけてしまい、まぁ、楽しく小学校生活を満喫しているようですが、勉強の方は「ZZZ…………」(^^;)です。

先日、学校の先生から「いじめ」についての話があったそうです。
生徒は目を瞑り、いじめを受けたことのある子、いじめたことのある子、いじめの現場を見たことのある子に、それぞれ手をあげて、申告させたそうです。そして結局、女子のAちゃんが、数人の男子に嫌なことを言われている。という事実があり、それについてどうするのかという話になったそうです。

どうするか…

私だったら内観をすぐに始めますけどね~(^-^)

この世から、自然にすぐに「いじめ」がなくなることは、簡単では、ないかも知れないですね~
「いじめ」は、大人社会にだって存在しますし、古くからの嫁姑問題もあります。実の親子でもあります。夫婦にだってあるようです。また、意識的ないじめ、無意識によるいじめ、直接的ないじめ、間接的ないじめ、いじめていないのにいじめた!と言われる。いじめられていないのに、いじめられた!と思うなど、小さないじめから大きないじめに至るまで、世の中は色んな「いじめ」が蔓延っているようですしね~。

「違いを認める、尊重する」ことが出来れば、いじめは減少すると思うのですが、どうやらそれだけではなく、いじめる側の心の背景には、自分も他から「いじめ」を受けたなどといった原因も大きくあるようです。実は、被害者を体験した経験のあることが、多いようです。また、いじめられる側の心の背景にも、「いじめ」を受けるといった記憶が、古い昔から(子供でも)インプットされているようです。

またまた記憶の話になってしまいますが、早い話「いじめられる」の記憶を消せば、いじめられなくなるのです。
興味のある方は、「癒しクリエーション」「記述式内観」をのぞいてみてください。
内観を受けたことがある方は、納得ですよね(^-^)

あとは、「人の噂も七十五日」。言うものが飽きるまで、言わせておくのも1つの方法じゃないかな~


















2009-12-17

宝もの箱

施術を受けにお越しいただく方の中に、腸の不調で悩んでいる方が沢山いらっしゃいます。
腸が張る。便秘気味~頑固な便秘。ガスが貯まる。緊張するとお腹が痛くなる…

私の頭の中で腸は、宝もの箱のようなものに思えてなりません。
腸の状態が、その方の抱えている問題や、古くから引きずっている出来事や感情を、とても現実に近く表現しているな~と感じるからです。
そう表現すれば、どの臓器にも、そのことが言えるような気がしますが、東洋医学では、
肝・胆は、「怒」
心・小腸は、「喜」
胃・脾は、「思」
肺・腸は、「悲」
腎・膀胱は、「恐」
などと言いますね。
まぁ、それぞれに、それなりに臓器は、こういった感情と関係性が高いようですが、自分の身に置き換え考えてみたところで、ピンときにくいものですけどね~。

腸の話に戻りますが、調子があまり良くないと心当たりのある方は、自分の今の心の状態を振り返って考えてみてください。
古くから引きずっている問題や、感情、親子関係、人間関係、お金の使い方、部屋の状態など(*O*)…ないかな~?
それらが、腸の状態と関係が深いと感じるのですが…

気功の施術では、それらの感情のエネルギー体に。整体では、腸に直接アプローチしますので、徐々に楽になられるようですが、正直、1度でスッキリ!という具合にはいきにくいです。

もしあなたが健康を望むなら、あなたは病気の原因を取り除くための
心の準備ができていなくてはならない。
その時、はじめて、私はあなたを助けることができる。
                     ヒポクラテス


古代ギリシャの医聖の言葉ですが、やはり、心と身体は、別々だとは考えにくく思います。

腸の中を、アルバムを開くように覗いてみると、辛かったことや、悲しかったこと、いまだに納得のいかないこと、ズルズル後回しになっていることなどが、大事にしまわれているように思います。
これらは、「手放したい」と思う心と裏腹に、実は「手放したくない」と思う心が存在していることが多く思われます。
大切なアルバムや宝もの箱の中身は、なかなか手放せない深い深い「思い」のものがありますが、大切なのは、その「思い」ではなく、「経験」だと思います。私も偉そうなことは言えませんが、そろそろいい加減に、宝もの箱の中を空っぽにしたいな~と思う今日この頃です。








 























2009-12-14

心で出来る平和活動

人間ってすごいな~
高いビルや建造物、高速道路、飛行機、ロボット…
「これって、どうやって作ったんだろう…???」
ただただ、感心します。

きっかけは、ある人がまずイメージしたことから始まったと思うんですが、「こうなれば便利だな~」「こんなのが出来たらいいな~」という、まずは、想像から~始まって出来たんでしょうね~

数多い生物の中から、人間がこの星で優位な存在となったのは、このイメージ力の違いが大きいのではないかと思います。要するに、「脳みそ」ですね。
この「脳みそ」が、色々と発想や想像を繰り返し、長い歴史を経て現実を創造して、今日の便利な世の中に至ったことでしょう。
現代社会は、人々の脳で起こった、1雫のひらめきの賜のように思います。
古代の人々からの、発見、発想、思考、想像などの、脳で起こった事件の、1雫の積み重ねられたもの、集合、結合体が、現在を作り出したと思います。

人間だけが、心に描いたものを、現実にすることが、可能な動物なんじゃないかな~
賢いと言ってしまうのか、人間はイメージすることが得意ですからね~
その代り、ほかの生物には、人間に持ち合わせていない、ケタ外れの瞬発力や、危機管理能力や、嗅覚、聴覚など様々な能力がありますからね~

そして、このイメージを現実にするためにくっついてくるものが、エネルギーかな~
人が、心の底から喜んだ時には、喜びのエネルギーが、伝わってきます♪
また、やる気がない、不満が蓄積している、疑い深い…そういう心の状態を今持っている人と出くわした時にも、なんだか不穏なものが、伝わります(-。-メ)
おっと、気をつけないと、知らず知らずに自分の心がどこかで迷惑をかけてそうですね(^^;)ごめんなさいm(--)m

人の心が、エネルギーを誕生させることは、この現実社会を見て、そうなんじゃないかな~と思います。
歴史に残る建造物や、空飛ぶ飛行機、近代的なビル、町並み…、すべての現実が、今日まで生きた人々の、心が作り上げた現実ですからね。優しい心が作る形、尖った心が描く色、大きさ、強さなど…その時代の人たちが、守りたかったもの、築きたかったもの、権力、祈り、平和、戦い、願いなどが、それらを見ると伝わってきます。

心のエネルギー、イメージ力が、現実を作るとしたら…
人のために何かをするとか、寄付をするとか、ボランティア活動に参加するなど、大きなことはなかなか出来なくとも、心にそういう気持ちのエネルギーを持つことが、見えないところでの平和に貢献していると言えるんじゃないかと思います。
これと同じように、夢を叶えるとか、健康になるなんてことも、せっかく人間に備わったイメージ力を、使ってみる価値はあるんじゃないかと思います。
え~っと、スポーツをする方は、ピンときますかね~。ボールを目標物に入れるような時に使う感覚です。大切なのは、強く願うことよりも、しっかりイメージすることらしいですよ(^-^)♪




















2009-12-11

虐待と神様

「虐待」について考えると、「神様っているのか?」友達と話していました。

私の個人的な意見ですが、その辺を考えていくと、この世に「生を受ける理由」までさかのぼると思いました。
私たちは、「愛」を知るために、この世に生を受けるんじゃないかと思います。
「愛」というのは、「love」という要素より、「heart]というものに近い感じかな~

自分自身を振り返ってみても、ありえない親や、言うことを聞かない子供、思うようにいかない子育て。そんなことで悩んだ時期もありました。
「何で世の中、平等じゃないんだ?」
「家族って何だ?」
「夫婦って何だ?」なんて…

子供を持って、はじめて経験した喜び、苦悩、愛情、孤独…
神様は、これらを経験する上で、「愛」と「許し」を学ぶ機会を与えてくれてるんじゃないかと思います。

私たちが普通に想像する「神様」は、温かい「愛」で守ってくれるような存在?
「神様」は、そんな存在ではないと思います。
太陽のような存在じゃないかな~

太陽は、いつも変わらず私たちを照らしてくれています。ある意味平等です。
太陽の壮大な恵みによって、この星では、生命の誕生が繰り広げられます。これもある意味平等。
しかしながら、日照り続きの影響や、飢えで苦しむ子どもたち。
「あ~ごめん、ごめん、熱かった?」といって、太陽は、温度調節なんかしてくれません。 
「黒人」と差別を受ける人種問題について、じゃ~神様はいるのか?
神様が本当にいるとしたら、肌の色は全国共通?
住む気温。生物、食物もみな平等?

違いの中で、学ぶもの。
神様にとって、違いは、「愛」を知るためであって、「不平等」を作るためではないと思います。
違いの中で、たまたま人間が、「不平等」という認識を作り上げただけのこと。
もっと深い意味で言うなら、「違い」をわざと創造したのではなく、全体の中の一部だと思います。1つの光を表現する際のグラデーションみたいなものでしょうか。人間はそのグラデーションの、一部の色だけ見て判断してしまうことが多く、そこだけ見て、「いい」とか「悪い」とかを決めてしまう癖が強いんじゃないかと。

「虐待」という問題に戻りますが、親子という、代々に渡る深い絆。このハードな関係性の中から、「愛」を知り、「許すこと」を学ぶ際の、単純に結果ではないかと思います。言葉に語弊があるかもしれませんが、神様が創造した親子という関係性の中で学ぶ課題に対して、その時「虐待」という答えを出したということです。痛ましい結果になってしまうこともありますが、私が思う神様は、この「虐待」という結果よりも、その時、その一瞬の「心」の在り方の方が重要なことなんじゃないかと思います。

言葉に表現することは、とても難しいことですが、「神様」は、いつも優しく、温かく、守ってくれるような存在ではなく、真の「愛」と「許し」を知りるために、時に厳しく、温かく、残酷にも感じるほどの創造を与える存在だと思います。

親子や家族には、親子と家族の数だけ、個性があります。人が想像する幸せな親子や家族は、それぞれ頭に描く理想像のようなものがあるかもしれません。仲が良い~とか、笑顔の絶えない~みたいな…
それは、人間が想像するところの理想ですが、神様の視点があるとしたら、仲の良い関係性の中で、心がどう感じるのか、喧嘩の絶えない関係性の中から、心がどう感じ、学ぶのか… そっちの方が重視じゃないのかな~と思います。

子育てに悩む時も、夫婦のことで悩む時も、親子関係で悩むことも、それは、厳かな神様からの手紙だと思っています。
捨ててしまう。さらっと読む。何度も読み返す。
どんな手紙が来たかよりも、手紙をどう読むかが、ポイントなんじゃないかな~と思います。





テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 心と身体

2009-12-07

先のこと

先のことが、わかればいいな~
将来のことが、不安。どちらの道に進めばいいか教えてほしいな~
なんてこと、しばしば耳にします。

先のことが分かれば、災難や困難を回避できるかもしれませんし、幸せだと思う道に、近道でたどり着くことができるかもしれません。みんながそうなると、この世は、平和で、笑顔があふれて、幸せな世の中になるのでは…

もしも、自分がそんな、先のことがお見通しの人生を歩むとしたら…
いいかもしれませんが、ちょっと、ゾッとする面もありますね。

困難な渦中にいるときは、本当に苦しく、早く脱出したい~~と思いますが、逃げずに立ち向かって、困難を乗り越えた時には、「神様、困難を与えてくださって、ありがとうございます。」と思います。
きっと、ずぼらな私は、そんなことでもなければ、目の前のことに真剣に目をむけることはなかったと思います。
困難は、「気づく」機会を頂いてるんだと思うんですね。まぁ、困難なくしても、真剣にまっすぐに生きていかれる、素晴らしい方もおられますが…

「幸せ」に向かう道というのは、その時点では、わかりません。
その時、その場では、目の前の水たまりを回避できる道を教えてもらって、ラッキー!!だったとしても、次の水たまりには、はまってしまうかもしれません。また、1度目の水たまりを運悪く回避できなかった人は、アンラッキー↓だと思うかもしれません。ジャンプして回避したり、長靴をはいて備えたり、色々と工夫をしたり、面倒でも、努力をして、水たまりを越えることになります。そうして、知恵や汗を絞った経験は、また次の水たまりに遭遇しても、生かせます。これって、どっちがラッキーなんだろう??

過去を、振り返ってみると、「あの辛い時期を経験したからこそ、強い今がある。」と思うことありませんか?
あれを経験していなかったら、どんな自分になっているのか…

困難の渦中にいるときは、なかなか楽観的に考えることは難しいことですが、物事には、その時、その場だけで、「いい」とか、「悪い」とかを決めることは出来ないかな~と思いますね~



2009-12-06

昨日「気功」をしているお友達と身体の「軸」について、話をしていました。

スポーツ選手や、芸事の達人と呼ばれる人は、身体の「軸」がしっかりしているよね~
通勤などで、電車ですれ違う人達を見ていると、朝にすれ違う人達は、早足で何かに向かって黙々と歩いているような感じがするし、夜遅くすれ違う人達は、どこか疲れている歩き方をしていて、頭や肩が左右に揺れているような…
人って、後ろ姿だけ見ていても、イキイキしているのか、疲れているのか、なんとなく伝わってくるような気がします。

また「気功」などの施術を受けた後は、背が伸びたような、肩が軽くなったような気がするし、自分の「軸」が整うせいか、周りで歩いている人たちが、身体を左右に振り子のように揺らして歩いていることに気が付く。と言う話をしていました。

うつ病などの治療に来てくださる方の話によれば、時々、自分が自分でないような気がする時がある。とか、歩いていて「ふ~っ」と自分が抜けていく感じがするそうです。
そんな方には、みなさんに「足の親指や内側に体重をかけてみてください」と言います。
足全体で、地面を踏み締めて、意識を取り戻すためです。

人間は、パタパタと忙しい時や、「やらされている」と思いながら何かをしている時や、慌ただしく何かに追われている時などは、「自分」というものが、そこにいない気がします。意識が「ここ」に居ずに、飛んでしまっているような感じです。また、そんな時に限って、ミスをしたり、やり直しなんていう結果を招いたりするんですね。
そんな状態が、頻繁に続いてしまうと、なんだか自分が何をしているのか、何に向かっているのか、迷子になってしまいます。

自分の身体の位置を確認することは、心の確認でもあると思います。
慌ただしい毎日に、心や身体が奪われてしまわないように、心と体の「GPS」。

物事を、成就させるためには、大地に足をしっかりと付けることや、頭と体の軸を整えることが大事なことだと思います。

2009-12-01

奏でる♪

昨日、ある方の紹介で、フラダンスの先生をされている方のお宅にお邪魔させていただきました。
歌や踊りを見ることは好きですが、自分踊る♪となると話が別で、おそらく足を踏み入れることはないかな~と言った感じでした。でも、以前に別の場所でお会いした時の、その先生が、とても素敵な方だったので、ぜひ、もう1度、お会いしたいと思いました。踊りを見せていただける。とのことでしたので、奈良県は生駒市までお伺いさせていただきました。

「フラダンス」という踊りは、賑やかなイメージがあり、最近では、若者~中高年の方に幅広く人気の出てきている踊りだと耳にしていました。長い鮮やかな模様のスカートを腰にはき、髪にレイをつけて踊るといった…

実際に私も、スカートをはき、躍らせていただきました(*^-^*)
基本の踊りは、そんなに複雑だったり、難しいものでもなく、すんなりと入りこみやすい踊りでした。
でも、先生の踊りは、とても美しく、まなざしや、たち振る舞い、指先の細やかな表現力には、うっとりとためいきがでるような、優雅でしなやかで優しい踊りでした。「踊る」というより「奏でる」といった表現のほうが、ピンとくるような…
一瞬、ハワイの夕陽を浴びながら、のんびりと海を眺めているような光景にスリップする感じになりましたから、さすがだな~すごいな~と思いました。

昔、ダイビングのインストラクターになるために、沖縄で修業をしたことがあるのですが、その時の師匠もすごい人でした。
普段の生活では、フツーのおじさんでしたが、ひとたび海に入ると魔法にかかったような気持にさせられます。それが、自分にだけでなく、海の中の光量、魚などの生き物、岩やサンゴや海草の仲間までもが魔法にかかったように、幻想的な歌を奏でるようなリズムで変化します。1つの劇を、まるで打ち合わせをしていたように、ドラマティックな展開を見せてくれるのでした。自然界をも味方につけている感じです。
世の中の、天才と呼ばれる方は、そんな感じなのかも知れませんね~。

野球界でも、ゴルフでも、天才的な人は、ここぞと言うときに、ここぞと言うタイミングで、素晴らしいドラマを見せてくれますもんね~☆∥

私に気功などを教えてくださった先生も、そんな方なんですね~
独断的な感覚での共通点は、「奏でている♪」感じかな~って、思うんです。
絵を描く人、料理をする人、物を売る人、毛糸を編む人、物を作る人、髪を切る人、修理する人、踊る人…
すごいな~って思う人は、みんな、それを「やっている」と言うより、「奏でている♪」感じがします。
天を味方に…(^-^)☆☆☆








プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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