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2009-08-27

入り口はどこ?

「悩み」は、どこから来るの~?
入り口は?

人は、生きていると「悩む」という現象に、幾度も遭遇する。
一体、どこからやってくるのかな~?
今の「悩み」を、年代別にインタビューしてみた。
80歳代のあるおばあちゃん→長生きしても、家族に迷惑をかけることが悩み。
70歳代のあるお父さん→小学生のときに、野球の球が耳に当たったっきり、聞こえが悪く、年々、歳とともに、あまり聞こえない。若いときから「人の話を聞いていないのか?」と叱られたりしてきて、コンプレックスになっている。
60歳代のあるお母さん→おばあちゃんの介護に関しての兄弟とのトラブル。
50歳代のあるお父さん→商売の先行き。
40歳代のあるお母さん→家計や経済。
30歳代のあるお母さん→産後に太り、やせたい。
20歳代のサラリーマン→上司と馬が合わない。
10歳代の少女→にきびを治したい。服がほしい。
小学生→お化けが怖い。
幼稚園児→お母さんがよく怒る。
幼児→「悩み」の意味がわからない。

ありがちな「悩み」でも、自分にとっては切実。
でもこれらの「悩み」に共通しているのは、ある「理想」対して抱かれていることだと思いました。
自分の心の中にある「理想」の像があり、それに「現実」を重ね、また「理想」「現実」との距離を埋めるための作戦が「悩み」ではないかと…

また、日常におけるトラブル(家族間、夫婦間、友達間、親子間、会社、近所…)は、どこから来るのか?を考えてみると、「見猿、聞か猿、言わ猿」を思い浮かべます。
「聞いてさえいなければ…」
「見ていなかったら…」
「言ってなかったら…」
実際に身近に起きたトラブルを重い浮かべても、大抵この3つがなければ、「トラブル」になっていなかったことが多いように思います。昔の人は、上手く例えたな~と感心します。
では、「トラブル」や「悩み」の入り口は、目?口?耳?
可能性は大だと思います。
でも、同じ事を見たり、聞いたりしても、「悩み」になる人と、ならない人がいますよね。
それは、入り口から入った情報を、ある機関が「悩み」という現象に変換しているんですね。
その機関は、「心」ではないでしょうか?
「心」が情報を→「悩み」に変換する。
または、「心」が「悩み」に変換しない。他のものに変換する。単なる情報として変換する…などです。
変換機能が、「悩む」or「悩まない」どちらに変換させるかは、人によってそれぞれですが、この変換機能は、生命が母体に宿ったときから、出産、成長をへての段階で大部分が、培われていくようです。思考を司る神経回路です。
変換機能が思わしくない方は、物事をネガティブに考えがちです。マイナス思考です。
また、機能が、理想的に働けは、プラス思考になります。
現代では、この変換機能を改善する様々な方法が、開発されています。
その1つに、「内観」と言う方法があります。
出来れば、プラス思考で、楽しく生きていきたいですね~。


















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テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

2009-08-23

大地を踏む

「歩くの早いですね~」よく言われる言葉だった。
「そうかな~」
「大阪人やからな~」って感じで、たいして気にとめていなかった。

前にも書いたように、よく山に湧き水をくみに行く。
1回に、約20リットルを、2~3回運ぶ。
いつも、運び終わったら、山をゆっくり眺めよう。そう思いながら、三度目の山を降りるときは、クタクタで景色どころではない。
2~3回登ると、時間は、家を出てから半日仕事になるから、そうそうのんびりしてもいられない気持ちにもなった。
あ~こんなところに住みたいな~。今度はもっとゆっくり山を歩こう。
そう思いながら、この山に登りつつ4年が経っていた。

忙しく過ごすのが、当たり前だった。
急いでしないと、間に合わない。
急ぐことは、当たり前に生きていた。

今の、ヒーリングなどの仕事にいたるまでは、昼間に運送の仕事をし、夜や休日には、介護の仕事をしてみたり、工場の仕事を手伝ったり、ヨガやアロマや整体の学校に通ったり… 色んなことをしてきた。振り返れば、「急がなきゃ。頑張らないといけない」と思い込んでいました。自分を見つめることをせず、自分に気がつかず「不安」「恐れ」から、目をそむけていたようです。
もちろんそんな自覚は、全くあるはずもなく、与えられた自由な時間さえも「有意義」と言う言葉に置き換えて、処理していたように思います。

でもあるとき、意外なことを発見をしたのですが、砂浜や草むら、川原などを、裸足でゆっくりと歩くと「不安」「恐れ」が薄まっていくんです。はじめは、「痛い痛い!」って感じでしたが、地面の温度、硬さ、質感を、かかと~土踏まず~つま先と右足~左足…と、ゆっくり、ゆっくり…全体に踏みしめて。
そうすると、いつもどれだけそれを見過ごしてきたか、見ないできたかに気づきます。
歩くということは、結構当たり前のようにほぼ無意識で行います。
ふと物を取りに行こうと動いてみたが、「何を取りにきたんやったっけ?」みたいに…

その1歩を、さらに1歩を踏むときの足の裏の感覚を「感じでみる」だけで、不思議なことに「自分」と言うものがみえてくるように思います。

自分が何を求めているのか、自分が何をしようと行動しているのか、心は今、何を感じているのか…

「心の居場所」さえわかれば、「心の荷物」はかなり軽くなるように思います。

普段はなかなか裸足になる機会は少ないですが、靴をはいていてもやってます。
ゆっくり歩くと、時間がなくなると思っていましたが、逆でした。
ゆっくり歩くようになってからは、自由で平穏な時間が増えました。
信じられない!そんなわけない!と思っていましたし、実行に移すには、結構、覚悟がいるもんです。
他人は簡単には変えられない!と言いますが、自分を変えるのも至難のわざです。

そんな手に負えない「自分の心」ですが、大地を踏みしめることで、手なづけている毎日です。

















テーマ : 自分らしく
ジャンル : 心と身体

2009-08-19

川の流れに身をまかせ

夏休みの家族のイベントとして、奈良県の山奥の川に、遊びに行きました。

透き通った川の水は、目を疑うほどに美しく、まわりの景色の色を忠実に映し出していました。
夏だと言う事を忘れてしまうくらいに涼しくて、川に足をつけていると、みるみるうちに、じんじんと凍ってしまいそうになります。なので長い時間は川に浸かれず、少し泳いでは、太陽が恋しくなり、ぬくもりを求めて、川原の石ころに甘えていました。

川はそう深くなく、ひざ丈くらいから、胸の辺りまでくらいでしたが、ところどころに深い所があり、そこだけ黒っぽ~なっていて、不気味だ!不気味だ!と、泳ぐのが大好きな中学1年生と、小学5年生の娘が元気に川に飛び込み、はしゃいでいました♪ 

そのとき!
5年生の娘が真顔になった瞬間でした!
笑いながら、川の流れに対抗して歩いていたのですが、足元の石を踏み損ない、足元をすくわれ必死に泳いで対抗したのです。が、自然に逆らい勝てるわけがありません。
近くにいた中1の娘がすぐに手を伸ばし、大事にはいたりませんでしたが、沢山、水を飲んだようです。そして、泳ぎに慣れていたはずの、溺れた娘にとっては、とてもショッキングな出来事でした。

川は、舐めてはいけない!川は注意が必要だから!と普段から言っていましたが、今回は、身にしみて実感した出来事でした。大事には至らず、「教訓」としていい経験になりましたが…

小さい子供たちも沢山泳いでいました。
川の流れに身をまかせ、ふわふわと上手に流れて遊んでいました♪

逆らったから、溺れちゃったんですね~

なんだか世の中と似ているな~と思いました。

流れに身をまかせていると、大きな力を使わず進むことができます。
枯れ木に引っかかれば、引っかかる。また流れれば流れる。
途中に大きく流れを阻むような岩があったとしたら、そこは、少し流れが狭く厳しくなるけど、いつかまた、おさまってくる。
流れに逆らって歩こうとすれば、とても力がいる。
自分の力より、流れが勝れば足元をすくわれてしまう。慌てて足場を探し求めて見つかれば、なんとか力を温存し、再チャレンジを試みるが、足場がみつけられない時には、慌ててしまう!時におぼれてしまうこともある。
なので人が何か行動するときには、それなりの体力や、智恵がいりますね~

私の恩師は、人が物事を達成するために必要な要素として、3つ紹介してくれました。

情(愛情・思いやりなど)
意(意志の力、行動の原動力となるもの)
智(知識、智恵など)


3つのバランスも大事だそうです。
なるほどな~と思いました。
「気」の世界などに興味のある方は、恩師のHPを覗いてみてください。
「癒しクリエーション」→「気の学校」

えっ、私ですか?
溺れてばかりの人生です。ときには、ふわふわ流れることも覚えましたが(^。^;)













テーマ : 気付き・・・そして学び
ジャンル : 心と身体

2009-08-15

気功

大阪で、気功の施術を行っているのですが、ほんと不思議です。
見える人には見えるらしいのですが、私には見えません。
なので、不思議だと感じてしまうのですが、気功師の仕事って、パイプマン?って感じですね。
お客様のネガティブな感情を開放したり、消し去ったり…
そうすると同時に身体まで調子よくなっていく…
わかってはいるものの、都度都度、不思議だよな~と思っちゃいます(^^;)

昨日は、友人に気功を受けてもらったのですが、始めて30秒ほどで、悲しいはずもないのに、涙がとめどなく流れてきて、止まらない…でした。
後で聞くと、前半は理由もなく涙が出てきたらしいのですが、後半にまた涙が流れてきて、その際に幼い頃の悲しかったことが、走馬灯のように巡ったそうです。

その後は、心も身体も軽~くなったそうですが、やはり心と身体は、切り離しては考えられないと実感する瞬間です。

「悲しみ」は、見えないけど、「悲しみ」はなんとなく触れたりするんですよね~
「怒り」もなんとなく、触れると何かあるんですよね~
「思い」や「悩み」もなんだかキュッとした触り心地だったり…

実は、長年握りしめている感情だったりするんですが、意外と自分自身では、気がつかないみたいで
言われてみて、「そうかな~?」→「そうかも!」ってことも多いようです。(私がそうだったもんで^^;)
でも、「そうかも!」って気づくだけでも、ずいぶんといいみたいですよ!
自分の心を、見つける!気づく!ことって、大事なんですって!







2009-08-12

日の出

毎日、目覚めたら太陽を見るのが日課です。
日の出前から、日が昇るまでは、特別なエネルギーを感じるが、太陽が一度昇ってしまうと、特別なエネルギーは、紫外線に変わっていくように思う。
特別に感じるエネルギーは、脳からセロトニンと言う物質を出す作用があるらしい。

私は、週に1度ほど、山に飲み水を汲みに行きます。
家から車で45分。四条畷神社近くの山です。
日曜日には人気(ひとけ)も多く、登山客や、ボーイスカウト、水汲み客で、「おはようございます!」とか、挨拶をかわします。

このあいだは、山の奥に入り、木の上の方に背を伸ばし、葉先をつむ元気なおばあさんに出会いました。 何を摘んでいるのかを尋ねると、お茶の葉の新芽だと教えていただきました。季節的には、もう遅いとおっしゃっていましたが、摘んだ葉っぱは集めて蒸して干すらしいです。
ずいぶん前に四国で番茶を作る人に、お茶っぱを作るには、すごく手間がかかると聞いたことがありましたが、こうして、身近にそれを見つけ、ご自分でお茶をつくられるというおばさんに脱帽でした。

最近、長い間雨が続き、晴れ間を待ちに待っていました。
あまりにも大雨の後は、土砂崩れの恐れもあり危険です。
晴れてから2日後、水汲みのために山に登りました。
いつもは、行きかう人とかわす挨拶ですが、どうやら今日は一人のようです。
見慣れた山道も、なにやら「あの世への道?」というくらいに静まり返っていました。
カタツムリに会い、蛇に会い、蝶々までが神様のお使いのように見えてしまいます。
森の中も、人気がなければ神様がいるんだな~ もしかしたら、虫や木々の騒ぐ音は、妖精かも?
な~んて思わせるくらいの神秘的な空気でした。

その空気は、日の出前の特別なエネルギーと似ているんです。
においこそ違いますが、同種のエネルギーを感じます。
神社にお参りに行った後のスッキリ感にも似ているでしょうか…
きっと、身体や心にたまったモヤモヤを浄化してくれているんだろうな~(^-^)




2009-08-10

死にたい~

少し前の話になりますが…
私のところに、治療を受けに通ってくださっている70代半ばの男性がいらっしゃいました。
5年ほど前に、クモ膜下出血で倒れられたのですが、大きな後遺症もみられず、生活は、ごく普通にされていました。

健康維持と、ぐっすり眠りたいと言う目的で、今も定期的に通ってくださっているのですが、私には、気になることがありました。

とても紳士的な方で、お年を聞き返したくなるほどお元気で、おしゃれな おじさん なんです。
ところが、お越しいただくたびに、「死にたい~!」とおっしゃられるのです。
はじめは、「そんなこと、おっしゃらずに…」とか、何とか生きがいを見つけることができたらいいのに~
なんて思っていたのですが、段々と、その おじさんと会うとなると、とても、しんどい~気持ちになってしまっていました。

「なんで、こんなしんど~い気持ちになってしまうんやろ~?」

自分の心の変化を観察してみることにしました。

普段の おじさんや、他の話をなさっているときは、嫌な感じはなく、いい感じなんです。
しんど~い感じがするときは、「僕は、もうすぐ死にますから!」などと口にされるときでした。

まぁ、そんな言葉を聞いて、誰でも、いい気持ちがするわけは無いわ~
と、思っていたので、深く考えないようにしていたのですが、
ある時、次に治療の順番を待っていた20歳のギャル系の女の子が、「もう、僕は死にますから!」と言う おじさんの言葉を、さらりと右から左に流していました。

「立場違うからかな~」と思った瞬間、1つ気づきました!

私は、なんとかしなければいけない!と、おじさんの言葉に反応していたのでした。
だからしんどい気持ちになっていたのでした。
ヒーラーとしては、未熟な「思い」でした。

さらに深く自分の心を、観察してみることにしました。

「近いうちに、死のうと思うんですけど…」と、また言われました。

私の心は、どんな感じだろう?

「何度も聞いてるし、『死にたい』ことは、知ってるよ。」
なんで、何度も言うの?何をすれば言わなくなるの?どうすればいいの?
と、私の心は、言ってました。

その心を、さらに感じ続けていると…、
この思い!この言葉!この感覚!
驚いたことに、幼い頃に私が、母によく抱いた感じとソックリでした。
なんで、何度も言うの?何をすれば言わなくなるの?どうすればいいの?
度々、ヒステリックになっていた母に対して、よく抱いた心の声でした。

今ですか?

母は、穏やかな人になっています。たまにまだ、騒ぎますけどねっ。
「死にたい!」おじさんは、今も、お元気ですよ!(^-^)!

私は、私の心を引っ張ろうとするエネルギーの影響を、もろに受けていました。
引っ張ろうとする(カギ針のような)エネルギーに、対して、(ひっかけ目のような)因子を持っていたからです。私が、(ひっかけ目のような)因子を持っていなければ、引っ張ろうとするエネルギーに影響されずに済んだでしょう。

私は現在、この引っ張ろうとする(カギ針のような)エネルギーと、(ひっかけ目のような)因子を処理することを、1つの目的として、気功や内観に携わり、ヒーラーとして、日々修行を積む毎日です。


















テーマ : 自分らしく
ジャンル : 心と身体

2009-08-08

冬ソナ(記憶…)

このあいだ、「冬のソナタ」を見ました。
一昔前に話題になった、ヨン様やチェジュウが出演する韓流ドラマです。
今や、パチンコ台にまでなっているようですが(笑)…
これからご覧になられる方も、いらっしゃっては叱られますので、細かなストーリーの紹介は控えますが、初恋の人が、突然目の前から消えてしまい、悲しみを経て十年後、初恋の人とソックリな人が目の前に現れるんですね。謎が沢山あるのですが、段々と真実がわかってくる恋愛ストーリーでした。

そこで、「身体(BODY)」「記憶」について考えてみました。

人の「記憶」と言うのは、そもそもどこに刻まれていくのでしょうか?
脳? 身体? 心? 

漢字や九九を覚えるのは、脳?
何十年も前にスキーを覚えました。年をとっても出来るのは、身体が覚えている?
レモンや梅干を想像して、唾がわきだしてくるのは、脳?身体?
叩かれて痛いと想像するのは、脳?身体?
家族や恋人や友達や恩師、大切な人との思い出を記憶するのは、心?脳?身体?

なんだか、わけがわからなくなりそうですが…

「大切な人」で想像してみました。

その、「大切な人」が、漢字を忘れたとしても、その人はその人ですよね。
その、「大切な人」がスキーを滑れなくなっても、その人はその人。…ですね。
その、「大切な人」が、自分との「記憶」を全く失ってしまったら、どうでしょう… その人でありながら、他人のように振舞われることになるでしょう。
「身体」は、あなたなのに、「中身」はあなたじゃない。と思うんじゃないかな~
「記憶」を失った「あなた(身体)」は、誰?なんてことに…(・・;)

写真や映像のように物質的には表現できるものは、記録。
写真や映像では表現しきれない、心の動きは、記憶というものに属するのかな~

心が大きく動けば、深く「記憶」に刻まれると思うし、大して心が動かないことは、「記憶」の中からは、どんどん消えていってしまう。
でも、無視できないのは、深く心に痛みを伴う傷を負ったとき。
このとき、人は「記憶」から事実を消しにかかる。
多くの人は、経験があると思うのですが…
消された記憶は、一体どこに行くのでしょうか?

私たちは人生において、深く刻んでおきながら、何度も記憶を手放してきているように思います。

幼い頃の記憶
赤ちゃんの頃の記憶
お母さんのお腹の中での記憶
前世での記憶(信じる?信じない?は別として)

これらは、一見忘れられた記憶と認識されますが、どうやら、心のもっと深いところ。潜在意識というところに刻まれていくそうですよ~。

あ~またまたややこしくなってきましたが、とりあえずは「人」と言う存在は、身体心(意識)を切り離してはなかなか考えにくいものです。
だけど、その「心(意識)」
人の一生を左右する、かなり重要な鍵を持っているそうですよ~。




































テーマ : 自分らしく
ジャンル : 心と身体

プロフィール

そわか

Author:そわか
大阪で、気功、整体、内観研修を行っています。
現代人に多い、ストレスや、自律神経に焦点を当て、心と身体の両面からアプローチする方法で、日々施療を行っています。
また、記述式内観という方法で、トラウマや人間関係や子育てにおける悩みの部分を解決するべく、本来の自分らしさを取り戻しポジティブに生きるといった研修を行っています。
2人の娘を持つ、ママヒーラーです。

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